どきません

 

どきません

 

タキは決めた「奥さま、およしになったほうがよろしゅうございます。

板倉さんとお会いになるのはおよしになったほうが」

「お餞別をお渡しするだけよ」「それなら私が参ります」

時子はタキを押しのけようとする。

「どきません」タキは両手を広げて行く手をふさいだ。

時子の目に怒りが燃える。タキはひるまない。

「奥さまの姿を板倉さんの下宿で見かけたと酒屋のおじさんが

言っていました。このことが旦那さまや坊ちゃんに知られたら

大変なことになります。板倉さんがここに来る分には不都合ありません。

手紙をお書きくださいまし。私が届けます」

松たか子がビシャッと着物の袖を鳴らします。激しい音です。

着物を着慣れた人でないとこの所作はできません。

 

 

(「小さいおうち」 )

 

bn_charm