私よ、心配したわ

 

私よ、心配したわ

 

雪の日、シモーヌがヴィオレットを訪ねた。

「だれ?」と重苦しい声。

「私よ、電報に返事もくれないから心配したわ。入れてくれる?」

「掃除、していないから」

「私だってしていないわ」

入室。室内を珍しそうに見回し「ここで執筆を?」

「おかしい?」

「私の写真を集めるの、おかしいわ。これを」

差し出したのは刊行した「第二の性」だ。

“第二の性が第一の性だと証明したヴィオレットに」と

著者献辞が書いてある。

「あなたの本ばかり騒がれている」ヴィオレットは落ち込む。

「“飢えた女”は売れなかった。それは私への愛を書いたせいじゃない。

あなたの将来の話よ。次を書き進めて」

もたもたしているヴィオレットの手からボトルを奪い

くわえタバコでポン、慣れた手つきでコルクを抜き、

2つのコップになみなみと注ぐ。

二言目には「書け」。鬼教官みたいなボーヴォワールですが

心配してやってくるなど、やさしいじゃありませんか。

 

〜「ヴィオレット〜ある作家の肖像〜」〜

 

 

bn_charm