私に愛を期待しないで
3ヶ月たつのにボーヴォワールは帰国しない。
ジャン・ジュネの舞台稽古を見に行くと、
誰もいない暗い客席にいるのは彼女だ。
(帰っていたのに)忿懣やる方なく近づき
「“飢えた女”が嫌いならそう言って」
振り返ったボーヴォワール。「連絡しようと思っていたの」
「どこへ行っていたの?」
「アメリカだと言ったでしょ。2日前に戻ったわ」
「ウソよ!」
ジャン「何を騒いでいるんだ! 静かにしてくれ」
ドアの外に出た、ふたりソファの背中合わせに座る。
「“飢えた女”は素晴らしい作品よ」
顔を合わさずボーヴォワールが言う。
「でも私に愛を期待しないで。わかってちょうだい。
“第二の性”と“飢えた女”は同時出版になるわ」
すごくいい話です、なのにヴィオレットは「あなたを憎めたら…」
ボーヴォワールの出版の骨折りより、かまってくれないと嘆く。
ヴィオレットは、情が濃すぎて相手を疲れさせるのよ。
〜「ヴィオレット〜ある作家の肖像〜」〜