中絶のことを書いて
ゴミゴミした酒場でヴィオレットとボーヴォワールが飲んでいる。
「中絶のことを書いて」とボーヴォワールが促す。
「窒息」の次を書けというのだ。
「別に話すことはないわ」気のなさそうにヴィオレット。
「何ヶ月だった?」
「5ヶ月半。処置が難しくて死にかけた。九死に一生よ。夫は反対した」
「結婚してたの?」
「短い間だけ。その前に数年、女性と暮らして失敗した。
結婚して妻の座に就けば普通の人間になれると思ったの」
何気にヴィオレットは話しますが、
ボーヴォワールの目と耳は、違うものを見、聞き取っている。
〜「ヴィオレット〜ある作家の肖像〜」〜