それはできないわ
No, I do not think so.
「それはできないわ」テレーズは低い声でいう。
これこそテレーズがずっと考えていた、キャロルにぶつける
言葉です。状況設定としては、
キャロルが一緒に暮らそうと頼む、詫びを入れた彼女を
自分はきっぱりはねつける、
なぜなら(あなたはまた裏切るかもしれないから)…
というのですが、いくら辛い思いをしたからって、
キャロルがテレーズを選んだことがわかった今、
ちょっと厳しすぎない?
キャロルが家庭を棄てるのは19歳のテレーズが再出発するのと
意味が違います。結婚生活とは当時の社会が(今でもですが)
女性の最良の安全地帯とみなしていたポジションです。
キャロルは最愛の娘を手放し、守りのない場所に立つ。
彼女が払う社会的な代償はテレーズと比べ物になりません。
こういう人の悪い書き方をしてイジイジさせるのが、
パトリシア・ハイスミスという作家です。