二度と私に会おうとしないで
駆け落ちする当日の朝、ジーンは一通の手紙を受け取った。
フロントは「女性が届けに来た」とだけ言った。
こうあった。
「ジーンへ。どうか怒らないで。一緒に行けません。考え直したの。
夫や子供たちを不幸にできない」
そこまで読んでジーンは「行くわ」タクシーに乗った。
続きがある。
「子供には父親が必要よ。
出会ったのがまちがいだった。二度と私に会おうとしないで。
これが私の選択です。クラリス」
アントワーヌとマルゴはその手紙を読んだ。
ジーンは30年間、この手紙を読み返しただろう。
どんな思いで、いや、何度読んでも信じられなかった。
これはクラリスじゃない。もしクラリスだったら
こんな落ち着いた、当たり前すぎることは書かない。
この手紙にはクラリスの体温がない…
〜「ミモザの島に消えた母」〜