私は移動する氷河
ヴィオレットがいきなりキスしたものだから突き放し
「出てって」「いやよ」ときた。
「時間のムダ」取り合わずデスクに向かうと、ややあってドアが閉まった。
その夜、ヴィオレットの夢を見た。
彼女が詩を読んでいる。
「マダムが私を愛した 夢だと知っていた 孤独よ、来い
長い髪を垂らして 孤独よ、来い
私の砂漠のオルガンを鳴らせ
マダム、あなたに私の心を他にどう表わそう?
私は移動する氷河」
ボーヴォワールは飛び起きた。
「散文は歩行、詩は舞踊」といったのはポール・ヴァレリーです。
ヴィオレットの詩には、ボーヴォワールが書けない
美しい、軽々とした“舞踊”がありました。
「移動する氷河」なんて真似できない感性です。
〜「ヴィオレット〜ある作家の肖像〜」〜