今でもはっきり覚えている

 

今でもはっきり覚えている

 

「ただいま」「おかえりなさいませ」

タキは帰宅した時子を「今でもはっきり覚えている」

後ろ姿の帯の一本独鈷の筋が、今朝とは逆になっていた。

奥さまの帯が解かれるのが、その日初めてではないのではとタキは思う。

タキが愛してやまなかった、小さなおうちと奥さまのいる平和な家庭に

暗いさざ波がたち始めます。

タキは聡明な娘で、その重大事が自分の胸ひとつに

おさめられていることを知っています。そうであればあるだけ、

タキの胸中は不安にざわめく。

 

(「小さいおうち」 )

 

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