■辞書の旅
無意識に鼻唄を声を出して歌ってしまい通りすがりの他人さまに笑われるたびにノイズキャンセラーならぬ鼻唄キャンセラーがあればいいのになと思う衛澤です御機嫌よう。
早速ではありますが、みなさんは「辞書の旅」というのを、なさったことはおありですか。オンライン辞書や電子辞書がまだなかった頃、分厚い紙の辞書を使っていた頃に、私はよくやりました。
紙の辞書は、自分が調べたい言葉を探すときに、ページをぱらぱらとめくります。一回で目当ての言葉が掲載されたページが見つかることはまずなく、何度かページを繰ることになります。
何度かページを開き直すたびに、目当てのもの以外の言葉が目に入ることも多く、中にははじめて出会う単語や妙な組み合わせの熟語が見つかることもあります。
そんなものに出会うと、その項を読んでしまうのです。
おもしろいから寄り道しようとか、作業に飽きてきたから息抜きしようとか、そんなことは考えていないのです。ただ、読んでしまう。
するとその説明の中に、はじめて会う単語だとか、それまでに知っていながらも曖昧にしか意味を捉えていなかった単語だとか、そういったものが登場して、またその単語のページを参照して……と繰り返して、いつの間にか最初に調べようとしていた単語とは似ても似つかない、こんな言葉がこの世に存在したのかという単語に行き着いてしまったりすることがあります。
何となくはじまって、どこまで行くかどこへ行くのか分からない、ミステリーツアーのような、これが「辞書の旅」です。
これは紙の本の文化であって、調べたい単語を入力すれば直ぐにその単語の意味が表示されてしまうデジタル辞書の時代には、もうこんな偶発的な旅を愉しむことはないのかな、と些か寂しく思っていました。
しかし、その機会がデジタルの時代にもまったく失われた訳ではないのだと、先日、実体験により私は知ることになったのです。
みなさんは「リップ・ヴァン・ウィンクル」という物語をご存じでしょうか。ワシントン・アーヴィングというアメリカの作家が書いた短編小説です。
主人公リップ・ヴァン・ウィンクルが森の深くに入ると愉快そうに遊ぶ者たちがいて、彼等と酒を飲んで一ト眠りして森を出てきたら、世間では20年ほど経過していて妻も他界してしまっていました、というお話です。
海と森との違いはありますが、言うなれば「西洋版浦島太郎」。森鴎外が邦訳したこたもあり、鴎外が訳したものには「新浦島」と邦題がつけられました。
この「リップ・ヴァン・ウィンクル」という言葉と「ビッグバン・ベイダー」という言葉が、私の脳裏にはいつも対になって浮かぶのです。おそらく語感が似ているからでしょう。「ビッグバン・ベイダー」も人名で、こちらは実在のプロレスラーです。
ビッグバン・ベイダーがプロレスラーの名前だということは知っていたのですが、リップ・ヴァン・ウィンクルは名前だけが思い出されて何者なのかはっきりと分かりませんでした。それなのにたびたび名を想起するので、調べて上記の情報を得たのです。
さて、その過程で、「アメリカ文学」だとか「南北戦争」だとか「民話」だとか、興味深そうなワードと次々と出会い、興味のままに追って行った末に、或る珍妙な言葉の組み合わせに行き着きました。
『憲兵とバラバラ死美人』。
ご存じの方もおられるかもしれませんが、ご存じの方もご存じでない方も、この言葉がいったい何であるか、調べてみてください。新しい辞書の(検索の)旅がはじまり、また別の珍妙な言葉に出会えるかもしれません。
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VOL.4 一般書で知るセクシュアルマイノリティ−古典編(1)
VOL.5 一般書で知るセクシュアルマイノリティ−古典編(2)
VOL.6 一般書で知るセクシュアルマイノリティ−古典編(3)
Vol.28 悪いことしなくても
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■衛澤 創(えざわ・そう)
和歌山市出身。文筆家。随筆・小説を主に書くが特に分野にはこだわらず頼まれたものを書く。
性同一性障碍者。足掛け15年かかって性別適合手術をすべて終え、その一方で性的少数者の自助グループに関わって相談業務などを行う。
性同一性障碍であると同時にゲイでもあり、「三条裕」名義でゲイ小説を書くこともある。
個人サイトに性別適合手術の経験談を掲載しているので、興味がある方はどうぞ(メニューの「記録」から)。
個人サイト「オフィス・エス」http://officees.webcrow.jp/