VOL.4 一般書で知るセクシュアルマイノリティ−古典編(1)

 

 雑草を根絶するため恣意的に塩害を起こす小さな庭の神、衛澤ですご機嫌よう。

 オニのよーに暑くなって参りました。
 日常は充分に水分を取り、空調などで適度に湿温度を調整して、みなさま方におかれましては御身御大切にお願いしますよ。よろこびも愉しみも健康があればこそです。生命より健康が大事。

 さて。
 近頃は性的少数者関連の本も沢山販売されておりまして、その内容も硬軟取り混ぜて実に多彩であります。それだけにどれを択んでいいやら、という人も多いかと思います。
 それ以前に、専門書に触れるのは難しくてちょっと厭だなあ、という人もおられるでしょう。

 そこで、今回から数回に渡って性的少数者についての理解を深めら(れると思わ)れる、特に一般書の紹介をシリーズとしてやってみます。何処の書店でも簡単に入手できるであろう本を択んで紹介申し上げます。

 先ず取り上げますのは「とりかへばや物語」です。
 学生さん或るいはかつて学生さんだった人は「国語便覧」等でタイトルくらいは御覧になっているのではないでしょうか。平安時代後期に成立したと言われる、作者不詳の物語です。1180年以降の成立と言いますから、源頼朝が平家を討つために挙兵した頃よりも後の作品です。

「とりかへばや」とは「取り替えたいなあ」という意味です。登場しますのは関白左大臣。簡単に言うと朝廷の偉い人です。この人には二人の子供がありました。一人は内気で女性的な、おっとりした男の子。もう一人は活発で男性的な、やんちゃな女の子です。
 関白左大臣はこの二人の性格もしくは性別を「取り替えたいなあ」と思ったのですね。内気な男の子を「姫君」、やんちゃな女の子を「若君」と呼んで育てます。思っただけでなく、ほんとうに取り替えちゃったんですね。

 女の子の若君は男性として宮廷に仕えて出世街道を邁進します。男の子の姫君は女性として後宮に仕えます。
 そうして二人とも宮仕えをするのですが、次第に自らの天性、生まれついての性別によって苦悩することが増えていきます。

 女の子の若君は宮廷で出世するうちに右大臣の娘さんと結婚することになるのですが、この右大臣の娘という人が、若君の親友である宰相中将と浮気をしてしまいます。そして夫婦は破綻、その上、若君は宰相中将に実は女性だということことを見破られて彼の子供を身籠もってしまいます。
 その妊娠によってほかの人たちにも女性であることが知れて進退窮まった若君は、宰相中将のもとで女性として匿われて、人知れずその子を出産します。

 一方、男の子の姫君は女東宮に恋をして密かに関係を結びます。女東宮とは帝の娘さんです。その人と結ばれる訳です。それを以て男性に立ち返り、行方知れずになっていた若君を捜し出して、宰相中将のもとから逃げ出します。

 その後二人は誰にも悟られないように入れ替わって、男の子の姫君は若君となって宮廷に仕え、女の子の若君は姫君として後宮に仕えて、それぞれに自分の人生を生きて、若君は関白、姫君は中宮という、人の世の最高位に辿り着きます。関白は帝の代わりに政治を行なう人で、中宮は帝の奥さんです。もともとの性別で生きることになっても大出世してめでたしめでたしというお話です。

 いまとなっては割りとありふれてしまった男女逆転劇ですが、平安時代、遙か1000年の昔から、このような性に関わる、ジェンダー・セクシュアリティに関わるような物語があったのですね。しかも1000年の時を越えてこの物語が現代に伝わっているということは、すぐれた物語として遙か昔から受け容れられてきたということです。

 おそらくこの「とりかへばや物語」をヒントに「おれがあいつであいつがおれで」という作品が生まれたのかな、と推測しているのですが、実のところはどうなのでしょうね。。
「おれがあいつであいつがおれで」というのは山中恒さんが書かれた児童文学です。角川つばさ文庫で読めるらしいので、興味がある方はどうぞ。この作品は、みなさんご存知かと思いますが「転校生」という映画の原作となったお話です。1980年に公開された、大林宣彦監督の作品です。

 次回は、「転校生」についてお話ししたいと思います。

Vol.1 はじめまして!

Vol.2 今回はちょっと長めに「わかやま愛ダホ!」

VOL.3 子宮の中の……?

——————————————

■衛澤 創(えざわ・そう)
和歌山市出身。文筆家。随筆・小説を主に書くが特に分野にはこだわらず頼まれたものを書く。
性同一性障碍者。足掛け15年かかって性別適合手術をすべて終え、その一方で性的少数者の自助グループに関わって相談業務などを行う。
性同一性障碍であると同時にゲイでもあり、「三条裕」名義でゲイ小説を書くこともある。
個人サイトに性別適合手術の経験談を掲載しているので、興味がある方はどうぞ(メニューの「記録」から)。
個人サイト「オフィス・エス」http://officees.webcrow.jp/