「いつわり」に苦しんだ12年間
7月9日、京都精華大学アセンブリーアワー講演会で牧村朝子氏による「LGBTのボーダーライン」と題した講演会が開催されました。
女性に生まれた牧村さんが、自身の「セクシュアルマイノリティ」に気がついたのは小学校4年生の時。はじめて女の子を好きになり、そのことで「レズ」とからかわれ、そこから12年間、異性愛中心の恋愛観の中で様々に葛藤し、苦しんでこられました。
1990年代、厚生省(当時)や日本精神神経医学会が同性愛を「病気ではない」としたことから、同性愛は異性愛と同じ性的指向の一つにすぎないと分類されるようになりました。続いて文部省(当時)も、青少年の同性愛を「非行ではない」とし、指導対 象から外しました。ところが「制度が変わっても人の気持ちはすぐにかわらない」と 牧村氏。社会から、家族から排除されるのではないかと不安になり、「女性が好きという気持ちを治す」努力をしてこられました。無理に男性と付き合ったり、性同一性障害だと思い込んで男性になろうとしたり、ついには、思い悩んで自分の体が動かせなくなる離人症にかかってしまったといいます。
そこで、これまで「やらなきゃいけないと思い込んだことしかやってこず、人生を損しているのでは」と気が付き、「やりたいこと」をやろうと思い立ったといいます。そして、現在の妻となるフランス人女性と出会うことで一変。2013年には、フランスでの同性婚法制化とともに結婚し現在は仏で暮らしています。
ところが日本ではパートナーの在留資格が認められておらず、「なぜ書類上の性別を理由に家族が引き離されなければならないのか。同性同士の結婚を認めないのは法の下の平等に反して人権侵害」だと訴えています。
「LGBT」という言葉が生まれた背景
牧村さんはそもそもなぜ「LGBT」という言葉が生まれたのかを考える必要があるといいます。「LGBT」は、1)女性への差別 2)LG(同性愛)からBT(偽物の同性愛とされたもの)への差別 3)LGBT自体への差別 この三重の差別から生まれました。 人が「私たちはLGBTです」と名乗らなければ生き残れなくなるような差別的な状況が あったからこそ、それに立ち向かうために「人間の種類ではなく、考え方の枠組み」 として作られた言葉だといいます。ところが日本では「LGBTの方々」という使い方をするように、あまりにもパッケージ化されてしまい、日常的なリアルなものとして捉えられていないのではないかと苦言を呈します。
ご自身が12年間悩んだ「レズビアン」。手を上げて名乗り出てもいいし、言わなくてもいい。誇ってもいいし、誇らなくてもいい。ただ、「レズビアン」とか「女」と かいった分類の前に、「あなた」と「わたし」の間の対話を重ねていくことは大事な ことだと言われます。そして自分とパートナーが年をとった時に、幸せそうな女の子のカップルに 「レズビアンって何?」といわれるような将来をつくりたいと締めくくりました。
講演会後の質疑応答では、LGBT当事者との関わり方についての質問など活発な意見交換が行われました。牧村氏は、タレント業、傾聴ボランティア、各種媒体への執筆・出演を続け、周囲と共有しづらい悩みを抱えるすべての人にメッセージを発信し続けています。
まきむら・あさこ●タレント、文筆家。2010年、ミス日本ファイナリスト選出をきっかけに、杉本彩が所属する芸能事務所「オフィス彩」に所属。2013年、フランスでの 同性婚法制化とともに、かねてより婚約していたフランス人女性と結婚。現在はフランスを拠点に、各種媒体への執筆・出演を続けている。著書『百合のリアル』(星海社新書)、マンガ監修『同居人の美少女がレズビアンだった件』 (イースト・プレス)。ツイッター@makimuuuuuu(まきむぅ)