Diversity Studies

始まったものはいつか終わる

〜小さいおうち㉙〜

  始まったものはいつか終わる   時子の手紙を持ってタキは板倉の下宿に向かいました。 いつまで待っても板倉はこなかった。 「その日からしばらく奥さまは精気を失いました。こうやって坂の上の 小さいおうちの恋愛事件は幕を閉じました」 戦火が激しくなり、タキは故郷に帰ることになった...

どきません

〜小さいおうち㉘〜

  どきません   タキは決めた「奥さま、およしになったほうがよろしゅうございます。 板倉さんとお会いになるのはおよしになったほうが」 「お餞別をお渡しするだけよ」「それなら私が参ります」 時子はタキを押しのけようとする。 「どきません」タキは両手を広げて行く手をふさいだ。 ...

ちょっと出かけるからね

〜小さいおうち㉗〜

  ちょっと出かけるからね   「ちょっと出かけるからね」 そう言って玄関に来きた「奥さまのなさろうとしていることが」 タキには瞬時にわかりました。 「私の頭は混乱しました。私の中にふたりの私がいて、一人は 会わせない方がいい、何が起きるかわからないからいけない。 もう一人は...

もし僕が死ぬとしたら

〜小さいおうち㉖〜

  もし僕が死ぬとしたら   送りに出たタキに板倉は 「もし僕が死ぬとしたら、タキちゃんと奥さんを守るためだからね」 板倉は武闘派ではありませんが、すでに死をも覚悟しています。 女ふたりのために死ぬのだとは、なかなか言えなかった時局です。 彼も一種、勇敢な男だったのではないでし...

あさっての夜には上野を発つ

〜小さいおうち㉕〜

  あさっての夜には上野を発つ   板倉が「あさっての夜には上野を発つ」と挨拶に来ます。 彼の故郷は弘前です。 戦線に出されることは当然考えられる。 しょんぼりとする板倉に「あなたには似合わないわ」と時子。 「僕もそう思うよ」 誰も行きたくて戦争に行く人なんかいない。 誰も...

あなたの前に若い男がいた

〜小さいおうち㉔〜

  あなたの前に若い男がいた   時子包囲網が徐々に狭まっていきます。 酒屋のおじさんの次の目撃者は時子の姉、貞子。 それでなくとも貞子は時子のやることに批判的です。 大震災の後に家を建てるなんて、とか、私立でないといい学校に進学 できないとか、案外のんびりしている時子に、キイ...

気をつけたほうがいいよ

〜小さいおうち㉓〜

  気をつけたほうがいいよ   物資は配給制になりました。時子の平井家にミリンを届けに来た 酒屋のおじさんが声をひそめタキに耳打ちします。 「おたくの奥さん、コレがいるんじゃねえか」と親指を立て 「気をつけたほうがいいよ。こういうご時世だから」 小さなおうちで、大変なことが起こ...

召集されることになりました

〜小さいおうち㉒〜

  召集されることになりました   11月の土曜の夜、板倉が来て告げた。 「僕のような丙種合格者も召集されることになりました」 時子は動揺する。タキだけが手に取るようにわかる。 そそくさと帰った板倉の背に時子の夫は (めでたいのに)「酒くらい飲んでいけばいいじゃないか」ブツクサ...

かわいそうに…

〜小さいおうち㉑〜

  かわいそうに…   「ダメよ、もうダメ、いけないわ、もうこれきりにしましょう」 いきなり時子はそう喋り出し睦子とタキはギョッ。 「もうこれっきりにしましょうって言って帰ってきたのよ。 いけないに決まっているじゃないの!」 「何のこと?」と睦子。 「見合い話よ。そんな意地を...

苦しいわね、あなたも

〜小さいおうち⑳〜

  苦しいわね、あなたも   「女学生のとき、そりゃ綺麗だったのよ、時子さん。 みんな好きになっちゃうの。あの人のこと。 時子さんの結婚が決まったとき、自殺しかけた人もいるの。 いやだったの、あの人が結婚するのが。独占したかったのよ。 わかるでしょ。タキちゃん。苦しいわね。あな...