Vol.11 強く推したい勧めたい

 

 すごく小心者なので腹が立つ人にもその場で文句を言うこともできず、帰宅してから一人呪いの儀式を執り行ったりする衛澤です御機嫌よう。

 間もなく年度末で多方面で阿鼻叫喚が発生しておりましょうが、みなさまにおかれましては如何にお過ごしでありましょうか。決算とか報告書とか申告書とか、大丈夫でしょうか。うっ、これは巨大なブーメランを投擲してしまったものであります……!

 さて、昨年からいままで、例年になく多忙であったにも関わらず、拙宅には書籍が随分増えました。書棚は既に三棹並んでおり何れもぎっちり詰まっており、しかも新たな書棚を設置する場所などありません。仕方がなく溢れた書籍たちは段ボール箱に収めて積んであります。積ん読本じゃないけど積んでます。

 私が昨年のはじめからこれまでの間に購入した書籍の数は55冊、分野は複数に跨っております。一番沢山読んだのは漫画でした。今期は幅広い情報が沢山入ってきて、そのおかげで、普段の私ならチョイスしないような作品を入手する機会に恵まれました。
 その中でおすすめの作品が幾つかありましたので、それをご紹介しましょう。
 と、ざっと書き出してみましたら10冊ほどあったのですが、紙幅……ではありませんな、字数も食ってしまいますのでそんなに沢山はご紹介申し上げられません。5冊に、いや、3冊に絞りましょう。

 先ず1冊め。
 私がことあるごとに各所でおすすめしてまわっております「夜廻り猫」(深谷かほる/エンターブレイン)。
 人相が悪くて頭に缶詰を乗せていて半纏を着ている猫の遠藤平蔵氏が、夜な夜な「泣く子はいねがー、一人泣く子はいねがー」と歩きまわって、街の片隅で「心で泣いている」人を探します。それは想いが叶わない人だったり、貧しさに負けそうな人だったり、人知れず戦う人であったり。そんな人たちの「涙の匂い」を辿って、遠藤さんはその人たちに寄り添います。
 遠藤さんは、人々が抱える問題をひとつとして解決する訳ではありません。ただ寄り添います。けれど、遠藤さんがいてくれるだけで、何かが変わりそうな気配はします。
 1話につき1ページ8コマの、読みやすい構成とやさしい絵柄で、誰にも親しみやすい作品です。ねこが好きでなくても充分に愉しめますが、ねこが好きな人にはなお胸にしみる作品となるでしょう。
 今月23日には第2巻が発売され、同時に既刊の第1巻も第2巻と同じ新装版として新発売されます。これを機会にぜひ買い揃えてお読み頂きたい作品です。

 2冊めは「筋肉綺譚」(田亀源五郎/オークス)。
 第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した「弟の夫」で知られる漫画家でありゲイ・エロティック・アーティストである田亀源五郎さんの作品です。先ずおことわりしておかないといけないのは、これは成年コミックです。露骨な性描写や性器の描写がありますし、しかもゲイをメインに扱ったもので、更にはかなりハードなSM描写も含まれています。読む人を選ぶかと思いますが、大丈夫そうな人にはぜひお読み頂きたい本です。
 この本には短編〜中編の読切漫画が6本収録されておりまして、中でも巻末に収録されている「MISSING」という作品を、私は強く推したい。

 東南アジアのA国で行方不明になったカメラマンの足取りを追うジャーナリストの鳥羽一雄は、A国軍のドゥン将軍が事件に関与していることを突き止め、面会するためにA国に乗り込むものの、役人たちには取り合って貰えません。成果を得られぬまま役所を追い出た鳥羽を或る男が呼び止め——その後、鳥羽は軍事警察に逮捕されます。そこではひどい拷問に遭いますが、やがて鳥羽の身柄はドゥン将軍に引き渡されます。
 ドゥン将軍は非情なサディストで、警察以上の責め苦を鳥羽に強います。果たして鳥羽の運命は……!
 というのが「MISSING」のあらすじです。
 鳥羽がカメラマンの行方を追った理由と、或る男が鳥羽を呼び止めた理由が物語終盤に明らかになり、それが表題に繋がったときに湧き上がる切なさ。それをぜひ感じて頂きたいです。

 おしまいに「千九人童子の件」(羽生生純/エンターブレイン)。
 「恋の門」や「ファミ通のアレ(仮題)」でお馴染みの羽生生純氏の作品。これも読む人を限定してしまう作品です。
 羽生生氏の独特の絵柄とペンタッチは、どうにも受け付けられないという人も少なくないでしょう。はじめて触れる人には高いハードルとなるかもしれません。しかし、できるなら慣れて頂きたい。羽生生氏が紡ぐ物語は他に類を見ない独特の雰囲気や世界観を持ち、厚みと読み応えを生み出しています。他とは一線を画した作風も絵柄も、慣れれば何ものにも代え難い味わいとなります。

 仕事を失い、やむなく故郷へ帰る漫画家。しかし故郷も決して居心地がいい場所ではありません。何とか再起を目指し、漫画のネタを探す彼は路傍で「千九人童子様お願いします」と訴える少女に出会います。千九人童子が何かは判らないが、これを題材に漫画を描けば再起は確かなものになると思い、漫画家は千九人童子のことを調べるのですが、謎が明らかになるに従って彼自身の過去も浮かび上がってきます。
 千九人童子とは? 少女は何者? そして漫画家との関係は? 羽生生純氏の敢えてのギャグ抜き伝奇ホラーが新しい境地を極めます。

「判らない」ということの怖さ。押し寄せる不快。複雑な組み立ての物語。そして読後の後味の悪さ。これ等が複雑に絡み合うこの作品は上級者向けです。「漫画の読み方」をよく判っている人にしかおすすめできません。難解と言っていいでしょう。後味の悪さも、ハッピーエンド好きにはお読み頂けないレベルのものです。
 雰囲気としては、テレビドラマ「トリック」から笑いの要素を抜き取った感じ、でしょうか。「トリック」や映画「ミスト」が好きな人なら、後味の悪さも愉しめる要素のひとつとなるでしょう。傑作であることは間違いありません。
「千九人童子の件」が愉しめたなら、同じ羽生生純氏の作品である「サブリーズ」もきっと愉しめるでしょう。こちらも怪作。際立つ不快と読後感の悪さ。併せておすすめ致します。

 ほかにもおすすめしたい作品が幾つももあります。また折りを見てご紹介申し上げようと思います。今月はこれにて。

 

 

Vol.1 はじめまして!

Vol.2 今回はちょっと長めに「わかやま愛ダホ!」

VOL.3 子宮の中の……?

VOL.4 一般書で知るセクシュアルマイノリティ−古典編(1)

VOL.5 一般書で知るセクシュアルマイノリティ−古典編(2)

VOL.6 一般書で知るセクシュアルマイノリティ−古典編(3)

VOL.7 話しに参ります 

Vol.8 人権と愛と年越し

Vol.9 「誰もが」愉しい?

Vol.10 冬の日に毛の話を。

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■衛澤 創(えざわ・そう)
和歌山市出身。文筆家。随筆・小説を主に書くが特に分野にはこだわらず頼まれたものを書く。
性同一性障碍者。足掛け15年かかって性別適合手術をすべて終え、その一方で性的少数者の自助グループに関わって相談業務などを行う。
性同一性障碍であると同時にゲイでもあり、「三条裕」名義でゲイ小説を書くこともある。
個人サイトに性別適合手術の経験談を掲載しているので、興味がある方はどうぞ(メニューの「記録」から)。
個人サイト「オフィス・エス」http://officees.webcrow.jp/